仕事にも就かず、それを「就かないんじゃなくて、就きたくても仕事がないんだ」と言い張り、それでいてろくに求職活動もせずにネット徘徊だけで平気で丸一日過ごしてしまうヤツ…いわゆるニートである。だから、ネットの様々な掲示板や書き込みを見ていると「コイツ、典型的なニートだな」と思えるものをよく見かける。
例えばとんでもない大量殺戮事件や、猟奇的な事件について語っている奴ら。こいつらはニートの可能性が高い。
それにしても何故彼らはこうした大事件や不幸な事件が好きなのだろう?
もちろん異常な出来事として社会全般で関心を持たれる事件ではある。しかし、世間一般の人間はそういう事件に関心を持つのと同時に、他の政治経済その他の様々な事件にも関心を持つ。
しかしニートはとりわけ不幸な事件や異常な殺人行為などにだけ強い関心を示す。何故だ?
もしかしたらこうなのかも知れない。
彼らも心の中のどこかで、「自分たちはまっとうな社会生活を送れていない、どこか人として歪んだ生き方をしている」という事を自覚しているのではないだろうか。しかし、その事を真正面から認めたくないという意識も同時に働く。つまり「自分たちは十分“まっとうな人間”だ」と思いたいわけだ。
そこで、ついついとんでもない異常な事件や、そんでもなく不幸な境遇の人間などを見つけると、それに興味を示し、「これに比べたら自分などまだまだ“まとも”な人生を歩んでいる方だ」「これに比べたらまだまだ自分は恵まれている方だ」と安心するのではないだろうか?